日本の農業を「カッコよく、稼げる仕事」にするために」ー群馬県昭和村でのフィールドワークから見えた5つの成功条件ー

代々木中学校 | 渋谷区立代々木中学校3年

日本の農業を「カッコよく、稼げる仕事」にするために」ー群馬県昭和村でのフィールドワークから見えた5つの成功条件ー

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日本の農業を「カッコよく、稼げる仕事」にするために」ー群馬県昭和村でのフィールドワークから見えた5つの成功条件ー

成功している昭和村の農業を調査分析することで、日本の農業がもっと元気になるヒントを得る。

日本の農業は今、農家の高齢化や後継ぎ不足など、たくさんの問題をかかえています。そんな中、群馬県の昭和村では農業が元気で、村の人たちもいきいきと働いています。そこで「なぜ昭和村の農業はうまくいっているのか」を調べるため、1年以上かけて現地に通い、農家の人や村の役場の人、外国から来て働いている人などにインタビューしました。 

調べてみると、昭和村が成功している理由には以下の5つのポイントがあることが分かりました。 

①行政のチカラ、②民間企業のチカラ、③現場で働く人のチカラ、④テクノロジーのチカラ、⑤ハレとケのチカラ 

この5つが合わさることで、昭和村の農業はただ続いているだけでなく、「かっこよくて、夢のある仕事」になっていることが分かりました。 

今回の研究で、農業がうまくいくためには「技術」や「お金」だけでなく、人々のつながりや地域の文化も大事だということが見えてきました。これからは昭和村以外の地域も調べて、日本の農業がもっと元気になるヒントを探していきたいと考えています。 

1.小学校6年生(2023年)から中学校1年生(2024年)にかけて、群馬県沼田市の果樹園で「リンゴアレルギーの研究」を行う。 2.研究活動で訪れた沼田市に隣接する「野菜王国」と呼ばれる昭和村に立ち寄る。 3.昭和村で、収穫量日本一といわれるこんにゃく畑で生き生きと働く人たちの姿に遭遇する。 4.それまでの「農業は古くて地味な仕事」というイメージから「農業って、かっこいい」というイメージに変わる。 5.昭和村で農業が成功している秘訣を調査することで、「農業は儲からない」「将来性がない」というイメージが社会に広がり、衰退しかかっている日本の農業を再生・発展させるヒントを得る。

1.この探究を始めたきっかけ 

現在、日本の農業は大きな困りごとを抱えている。農業従事者の平均年齢は約70歳と高く、後継者不足が深刻である。2025年には農業関連企業の倒産は100件を超え、過去最多を更新した。「農業は儲からない」「将来性がない」というイメージが社会に広がっている。 

小学6年生から中学1年生にかけて、僕は「リンゴアレルギーの研究―収穫時期・鮮度との相関解析―」を行い、その過程で群馬県沼田市の果樹園で研究活動をしていた。その際、隣接する「野菜王国」と呼ばれる昭和村に立ち寄った。 

関越自動車道を降り、昭和村に入った瞬間の光景は、まるで映画のワンシーンのようだった。収穫量日本一のこんにゃく畑が一面に広がり、農道には赤や黄色の背の高いトラクターが堂々と走っている。何より印象的だったのは、畑の中で生き生きと働く人たちの姿だった。それまで抱いていた「農業は古くて地味な仕事」というイメージが、「農業って、かっこいい」に変わった。 

そこで、「なぜ昭和村では農業が成り立っているのか」という問いが生まれた。 

2.探究の目的 

僕は1年以上にわたり隔週で現地を訪れ、桜祭りなどの年中行事に家族で参加し、多くの人々と交流してきた。道の駅やワイナリーで買い物や食事をしながら、農業が暮らしの中にどう根付いているのかを観察した。その後、農園でのフィールドワークを行い、政治家や行政担当者、農業経営者、外国人技能実習生など、様々な立場の人にインタビューを行った。昭和村の農業は本当に成功しているのか。もし成功しているとしたら、その理由は何なのか。 

本探究では、昭和村の農業の歴史や現状を調べ、その成功の背景を分析することで、日本で農業が成功するための条件を明らかにすることを目的とする。 

昭和村の農業の歴史や現状を調べ、その成功の背景を分析するために、2024年1月から2025年12月にかけて、群馬県昭和村において、3つの調査(現地視察、インタビュー、データの収集と整理)を行う。 昭和村の農業の歴史や現状を調べ、その成功の背景を分析するために、2024年1月から2025年12月にかけて、群馬県昭和村において、3つの調査(現地視察、インタビュー、データの収集と整理)を行う。

<調査方法> 

本探究では、群馬県昭和村の農業の歴史や現状を調べ、その成功の背景を分析するために、2024年1月から2025年12月にかけて、昭和村で調査を行った。 

調査方法は次の3つである。 

①農園や農業施設、イベントなどの現地観察 

②キーパーソンへのインタビュー 

③公開資料や統計データの収集と整理 

なお、主な調査対象者は、昭和村の農業に様々な立場で関わる次の4人である。 

・前昭和村村長 堤盛吉さん(74) 

・農園「星ノ環」代表 星野高章さん(51) 

・昭和村産業課課長 真下信夫さん(55) 

・インドネシア出身技能実習生 ウラン・アユさん(21) 

昭和村の農業が成功しているカギは次の5つの「チカラ(条件)」であった。 ①行政のチカラ ②民間企業のチカラ ③現場プレイヤーのチカラ ④バイオ・テクノロジーのチカラ ⑤ハレとケのチカラ

1.調査結果:昭和村で確認できた5つのチカラ(=条件) 

①行政のチカラ 

「昭和村は戦前、水がなく、人が住むことさえ難しかった」―。こう振り返るのは昭和村前村長の堤盛吉氏だ。戦後、国・県・村が協力して入植者を招き、1985年から赤城農業水利事業が始まったという。1998年に利根川からすべての田畑に水が行き渡り、農業を安定して続けられる基盤が整えられた。 

②民間企業のチカラ 

昭和村は平成以降、キヤノンや味の素などの企業を誘致し、雇用や税収を確保してきた。人口が増え、団地ができ、1998年には昭和インターチェンジが開通した。その結果、夜中に照明をつけながら収穫した野菜を、午前中に首都圏へ届ける「朝採れレタス」が可能になった。 

昭和村役場産業課課長の真下信夫さんは電話取材で、「昭和村にはスキー場も鉄道も温泉もない。観光ではなく、農業に特化したことが結果につながった。」と話した。 

地元の農業が農協を通さず、新鮮な野菜や果物を持ち寄る道の駅「あぐりーむ昭和」の売上は、2016年度の約3億1000万円から、2024年度には約5億3000万円へ増加している。 

駐車場には、週末になると全国各地のナンバープレートを付けた車が集まり、新鮮な野菜や果物を買い求める。地元の野菜を使った「ムラノナカ食堂」では開店前から行列ができていて、野菜のうまみが溶け込んだうどんと、唐揚げがついた定食を1500円で食べることができる。 

③現場プレイヤーのチカラ 

有限会社農園「星ノ環」の代表である星野高章氏は、農地を10haまで拡大し、レストランやカフェを経営するなどの第6次産業化にも取り組んだ。売上は約20年間で5倍以上に増加した。 

また、外国人技能実習生12人を雇用し、現場の重要な担い手として受け入れている。星野氏はMBA(経営学修士号)を取得しており、農業を経営として捉えている。 

「昭和村では余っている農地はない、足りないぐらいだ」という言葉からも、昭和村の農業が安定して続いている様子がうかがえる。 

④バイオ・テクノロジーのチカラ 

イチゴ農園では、温度や二酸化炭素濃度を自動制御するシステムが導入されていた。受粉には約6000匹のミツバチが使われ、害虫であるダニを退治するために別の種類のダニを放つなどしている。 

技能実習生のウラン・アユさんはイチゴの選別作業を担っていた。星野さんは、実習生の母国を時々訪れ、家族に日本での様子を伝え、実習生が安心して故郷を離れ働けるようにしている。また、農作業だけでなく、将来独立できるよう経営についても教えている。ウランさんは「休みの日にサーモンなどのお寿司を食べるのが楽しみで、将来は自分の会社をつくりたい」と語った。彼女にとって農業は、困りごとではなく「夢のあるビジネス」だった。 

⑤ハレとケのチカラ 

昭和村では、日常の農作業という「ケ」と、祭りや花火大会などの「ハレ」が生活の中に組み込まれている。 

僕は冬の花火大会、桜祭り、とうもろこし祭りなどに参加した。雪の上から約1000発の花火が打ち上げられ、住民や外国人技能実習生、来訪者が一緒に空を見上げていた。また、春のフェスティバルでは、村長や国会議員が見守る中、スーパーカーで有名なランボルギーニのトラクターなど、色とりどりの農耕車両が行進していた。 

地道で厳しい農作業が続くからこそ、祭りという非日常の時間が、立場や年齢、国籍の違いを超えて人をつなぎ、地域や仕事への誇りと尊敬の念を育んでいると感じた。 

2.考察 

昭和村の農業が成果を上げている背景には、5つの成功の鍵がそろっていることがある。行政のチカラ、民間企業のチカラ、現場の担い手のチカラ、テクノロジーのチカラ、ハレとケのチカラが組み合わさり、相互に機能している。 

全国の農業を見渡すと、これらのチカラのどこかに課題を抱えながらも、その重要性に気が付いていない地域もあると思われる。特に、ハレとケのチカラの重要性は数字には表れにくく、見過ごされがちである。農業は、これらのチカラのどれか1つが欠けても、成功しないのではないだろうか。 

3.結論 

本探究を通して、僕は日本の農業が「成り立たない」といわれる原因は、産業としての農業そのものではなく、農業を成功に導く要件が十分に言語化されず、共有されてこなかった点にあると考えるようになった。 

本探究は、実際に農業がうまくいっていて、人々が生き生きと生活している地域に長期で入り込み、ミクロとマクロの視点から成功の背景を分析することで、農業がかっこよく、稼げる仕事になるためのヒントについて、一定の示唆を得ることができたと言える。 

4.今後の課題 

本探究は、日本にある一つの地域のケーススタディにすぎない。ここでの成功のカギが、他の地域すべてに当てはまるとは限らないだろう。今後は、昭和村以外のいくつかの地域についても調査・研究を行っていきたい。 

この探究がきっかけとなり、「成り立たない」といわれる日本の農業が、夢のあるビジネスへと変わる日が来ることを願っている。