「日常のなぜ?」が探究の入り口に。愛犬との暮らしから生まれた、匂いと癒しのMy探究
渋谷区立笹塚中学校では、探究「シブヤ未来科」の一環として、生徒一人ひとりが問いを立て探究に取り組む「My探究」を実施しています。
今回は、「犬と猫が癒される匂いと人間が癒される匂いの違い」というテーマでMy探究に取り組んだ1年生の井上実優さんと、探究コーディネーターとして学校全体の探究学習を推進する根岸先生に、探究のプロセスや学びの実感について話を聞きました。
「癒し」への素朴な疑問が、探究のテーマになった
今回のMy探究のテーマについて教えてください。
井上さん: テーマは「犬と猫が癒される匂いと人間が癒される匂いの違い」です。きっかけは、勉強していて疲れたときに、うちの犬たちを見て癒されているなと気づいたことでした。そこから「癒しは何によって起こるんだろう」と考えはじめて、五感の中でも嗅覚が一番癒しを感じやすいんじゃないかと思ったんです。
私は花や犬の香りが好きだし、人は香水を使って癒されたりしていますよね。それで「香りを日常の癒しに取り入れたい」と思ったときに、同じ家で暮らしている犬たちにとっても、同じように癒しとして感じられるのかなと思い、この問いにしました。
最初からすんなりテーマが決まったのですか?
井上さん: いえ、最初は「癒し」というすごく大きな問いから始めてしまって、何から手をつけていいかわからなくなってしまいました。そしたら母が「そこからもっと絞っていったら?」と言ってくれたんです。それで「癒しって自分にとって身近なものだと何だろう」と考えたときに、犬たちに癒しをもらっているなと気づいて、このテーマに変えました。
テーマを絞ったら、何をやればいいかの軸ができ、文献調査で何を調べるか、アンケートで何を聞くかが見えてきました。
どのような方法で調査を進めましたか?
井上さん: まずアンケート調査で傾向を調べて、文献調査でその裏付けをとるという流れで進めました。
アンケートでは、「匂いで癒しを感じることがあるか」という質問に対して87%の人が「ある」と答えました。また、最もリラックスできる香りとしてはフローラル系が最多で、次に自然の匂い、柑橘系と続きました。ペットが好きだと感じていそうな匂いについては、「食べ物の匂い」が圧倒的に多い結果になりました。
文献調査からは、五感の中で嗅覚が最も脳にダイレクトに伝わること、鼻の嗅細胞が匂いをキャッチして脳に伝達し、本能の部分と自律神経の中枢をつなぐようにして身体と心に良い影響を与えることがわかりました。
アンケートで聞けなかったことは、友達に直接聞いたりもしました。アンケートで回答の傾向を数字として把握しながらを取りながら、実際の感想も聞いて、両方やってみました。
調べるだけでなく、実際に試してみたそうですね。
井上さん: はい。最初は自分で試してみようとは思っていなかったんですが、家族が「実際に試して反応をみてみたら」と言ってくれて。それが探究を深めるきっかけになりました。
アンケートで人が好む傾向のあった香りの中から、ローズ(フローラル系)、みかん(柑橘系)、バニラ(食べ物の匂い)の3種類をピックアップして、ティッシュにしみこませて犬に嗅がせてみました。安全性を考慮して、毒性の強いペパーミントや唐辛子などは避けました。
犬の反応はどうでしたか?
井上さん: 3つの中で一番わかりやすかったのがみかんとバニラです。みかんは嗅いだ後に鼻を鳴らして顔をそらしてしまって、明らかに好む匂いではなさそうでした。バニラは他の2つと比べると長く嗅いでいて、舐めようとする仕草も見られました。おいしそうな匂いに感じたのかもしれません。ローズは特に反応がなく、少し嗅いだ後にいつもの感じに戻ってしまいました。嫌いではなさそうだけど、特別好きでもない、という感じです。
文献調査ではわかっていたことでも、実際に試してみると反応の違いがはっきり出て、面白かったし驚きも多かったです。
*写真の実際の実験の様子(動画)はこちら
井上さん:調査*の結果、人と犬・猫の間には匂いに対する感じ方に明確な共通点と相違点があることがわかりました。
共通点としては、タバコの匂いが挙げられます。嗅覚の優れた犬・猫にとってもタバコの匂いは嫌いな場合が多く、人にとっても苦手な匂いのひとつ。さらに、犬・猫・人いずれの身体にも害を与えるものです。
一方、相違点も多く見つかりました。人が好む柑橘系の香りは犬・猫の鼻や気道を刺激してストレスを与えてしまうことがあり、香水などの人工的な匂いも苦手と感じることが多いとわかりました。また、食べ物の腐った匂いは人が苦手とする一方、もともと狩りをして腐肉を食べていた犬にとってはおいしそうな匂いに感じることもあるという発見も。猫にとっての「またたび」は、人や犬にはあまり馴染みのない香りの種類です。
*文献調査では、匂いや嗅覚に関するさまざまなWebサイトで情報収集を行いました
最終的にどのようなまとめをしましたか?
井上さん:調査結果をもとに、犬や猫と暮らす家庭で、人もペットも心地よく過ごせる香りの取り入れ方を、部屋ごとに提案しました。
犬と暮らす場合は、寝室には犬のスペースに飼い主の匂いがついたもの、人のスペースにはラベンダーを。リビングには犬と人がどちらも癒されるバニラやローズの香りを。猫と暮らす場合は、リビングには猫が好む匂いでもあり人にも疲労回復効果が期待できるまたたびの香りを取り入れるなど、犬と猫で注意すべき匂いが異なることを踏まえた提案を含めたまとめにしました。
この探究で一番印象に残っていることは何ですか?
井上さん: 文献調査のときに知った、「犬は人間が臭いと感じるものも好き」という事実が一番印象に残っています。好きなものは少しは似ているかなと思っていたので、「そんなに違うんだ」と驚きました。狩りをしていたから腐った匂いがおいしそうに感じるかもしれないっていう背景も面白かったです。
成果をどのようにまとめましたか?
井上さん: ポスター発表を選びました。見る人がぱっと一瞬で見てわかることを意識して、Canvaで作りました。問いのきっかけのところが一番まとめるのが難しくて、自分の思ったことをひとつずつ矢印でつなげることで、流れがわかるようにしました。
実は校内の「SASATAN FES」では、プレゼン発表の人は一言ずつ言葉に合わせていく方法が多かったです。でも私はポスター用に作っていたので、ゼミ内で発表するとなったときはスライドの動きがない分、プレゼンはちょっとやりにくかったですね。ポスターとプレゼンだと、わかりやすく伝える方法が違うんだなと実感しました。
探究に取り組んでみて、何か変化はありましたか?
井上さん: 日常の中で「これってなんでだろう」と考えることが前からときどきありましたが、今まではそのまま放っておいて、いつの間にか忘れていました。探究をしてからは、「あ、これ探究にできるな」って思いながら過ごすようになりました。自分と少し遠く感じていたものが、ちょっと身近になった感覚があります。
実は小学校のときの探究でも、株式会社の仕組みについて調べて、実際に少額で株を買ってみたこともあります。そのときに、調べたことをひとつずつまとめていく作業が好きだなと気づいて、今回ポスター発表を選んだのもその延長です。小学校でやってきたことが、中学校の探究にもつながっている感覚はあります。
今後はどんなことに取り組んでみたいですか?
井上さん: 今回は嗅覚にフォーカスしましたが、五感は残り4つあります。他にも犬・猫・人で感じ方の違いがあると思うので、それらも調べてみたいです。
あと、次は心理系のテーマにも挑戦したいと考えています。会話の途中で「あっ」って言いかけてやめると、みんな「何? 教えて」って気になる現象がなんでなんだろうと気になっています。何か探究につながるのではないかと思っています。
問いを立てることに悩んでいる同級生にかけてあげたい言葉はありますか?
井上さん: 最初に大きい問いから始めたのは大変だったけれど、逆に大きい問いから始めたからこそ、いくつか選択肢が出てきて、深掘りのタネもたくさん見つかりました。だから、最初から完璧な問いを立てようとしなくても、まずは広いところから始めて、そこから自分に合ったものを選んでいくのがやりやすいと思います。
井上さんの探究活動をどのように見ていましたか?
根岸先生: 井上さんは心理・人間ゼミのポスター代表にもなっています。探究活動で実際に自分の犬に試しているというのは、理科の授業でやるような仮説を立てて実験するということを、自分の生活の中で自然にやっていたということ。それはすごいことだなと感じています。
普段の授業からもとても探究心が高く、プリントのメモ欄に友達の意見を書いたり、必要なことを全部自分の中で吸収しようとしている。探究の活動と普段の教科の学習が、姿勢という意味ではかなりリンクしていると感じています。
探究の中で先生が大切にされていることを教えてください。
根岸先生: 今年1月に校内で「SASATAN FES」を開催して、全員が何かしらの形でアウトプットする機会をつくりました。プレゼンかポスターか、自分で選ぶ形式です。初めてのことだったので試行錯誤はありましたが、先生たちが介入しすぎない形をつくれたことで、子どもたちが「自分たちでやったぞ」という気持ちになれたのではないかと思います。
大切にしているのは、子どもたちが挑戦すること。僕も1年目だったので、「とにかく一緒に頑張りましょう」というスタンスでやってきました。仕切る側が不安な顔を見せてしまうと、みんな不安になってしまう。だからポジティブな声かけを常にすることを意識しました。
教員の関わり方として意識されていることはありますか?
根岸先生: 僕らは伴走者ではあるけれど、引っ張っていく存在ではないと思っています。子どもがやっていることに感動する立場というか、観客よりはもう少し寄り添える形で見ていく。一緒に考えて、一緒に「なんだろうね」と討論できる対等な関係でいることが大事です。
「教える」という立場になると、子どもたちがせっかく出そうとしている考えに対して「正解はこうだよ」と言ってしまう。それは今までの講義型のやり方です。そうではなく、その子なりの結論を出すために、自分の経験や知識をヒントとして伝えていく。「それをヒントにしてね」ぐらいの気持ちでいるのがちょうどいいと感じています。
他の先生方に向けてメッセージはありますか?
根岸先生: 失敗も成功なので、子どもを信じることが一番大事だなと思います。「これやって失敗しちゃったらどうしよう」と思ったら何もできません。子どもたちは自分たちで考えてちゃんとできるということが、この1年でよくわかりました。
あとは、外部の力をどんどん借りること。学校の中には最低限のものしかない。刺激は外にあるんです。企業とつながることにハードルを感じるかもしれませんが、つながってしまえば企業もいろいろと協力してくれるし、刺激としてもかなり高い。結果として僕ら教員の助けにもなります。
その点では、渋谷区の教育委員会の存在もとても大きいです。「この企業とつながりたい」といったお願いも気兼ねなくさせてもらえるし、何かあれば相談できる。以前いた地域では教育委員会の方の名前すら知らなかったくらいですが、渋谷区ではすごく近い存在でいてくれて、一緒に探究をつくっていこうという感覚で支えてもらっています。
子どもたちにとっても、教員と保護者以外のいろんな大人に会うことは圧倒的な刺激になるので、それはすごく大事だと思います。