「学校が主役」の企業連携は、こうして生まれた。子どもたちの探究を深めた2年間の伴走
渋谷区立長谷戸小学校の6年生は、探究「シブヤ未来科」のテーマ探究として「未来の選択をデザインしよう——お金の知識を生かしたキャリアデザイン」に取り組みました。連携企業として伴走したのは、渋谷区に本社を置き、グループ傘下に証券会社を持つトレイダーズホールディングス株式会社。現役の外国為替ディーラーや証券アナリストの知見を活かした金融経済教育プログラムを、学校と共同で設計しながら2年にわたって展開してきました。
今回は、渋谷区教育委員会の藤下さん、長谷戸小学校6年生担任の平野先生、伊平先生、そしてトレイダーズホールディングスの加藤さん・小澤さんの5名に、教育委員会・学校・企業の三者の視点から、この連携の意義と子どもたちの変容について話を聞きました。
企業連携が生む「新たな発想」——渋谷区が目指す探究の姿
渋谷区が探究「シブヤ未来科」で企業連携を推進する背景と、その中で子どもたちにどのような学びを期待しているかを教えてください。
藤下 渋谷区では探究「シブヤ未来科」を推進していますが、学校だけで探究を進めていくことには限界もあります。企業の方々に伴走していただきながら、先生方に新たな視点や情報を提供していただくことで、探究がより深まっていくと考えています。一方で、企業側にとっても学校と連携することで子どもたちの未来に関われるというメリットがありますし、企業の活動を知っていただく機会にもなります。お互いにとって意義のある連携を目指しています。
実際、学校側だけではわからないことがたくさんあります。企業の方々から新しい発想をいただくことで、学校の中だけでは考えつかなかったアイデアが生まれてきます。長谷戸小学校に限らず、さまざまな学校で企業連携が進んでいますが、本当に多くの企業・団体が関わってくださったことで、それぞれの学校に特色が出てきたと感じています。
探究のプロセスでいえば、すべての段階に関わっていただくことが理想ですが、特に重要だと感じているのは最初のテーマ設定のところです。子どもたちの「問い」を引き出すためのきっかけづくりや問いかけの仕方は、企業の方々の新しい発想や視点があってこそ深まっていくものです。そしてその先には、キャリア教育という視点も大切にしたいと考えています。学校の中だけで完結するのではなく、どのような仕事にもつながっていくのだということを、将来を見据えて感じてもらいたいです。自分の探究が将来の道につながるような、そんな学びや気づきが探究「シブヤ未来科」を通じて生まれてほしいと思っています。
渋谷区ならではの強みはどのような点にありますか。
藤下 年間9回全国からの視察を受け入れているのですが、その中で必ず「企業連携はどうやっているのですか」という質問があります。渋谷区にはたくさんの企業・団体が集まっているということが、全国的に見ても非常に大きな強みです。企業・団体の方々が一緒に取り組んでくださることで、地域・企業・学校がつながっていけます。それが本区の一番の強みだと感じています。
5年生のエシカル消費から6年生のキャリアデザインへ——学びを積み上げた探究の設計
今回のプロジェクトのテーマと概要を教えてください。
平野 テーマは「未来の選択をデザインしよう」、サブタイトルが「お金の知識を生かしたキャリアデザイン」です。6年生を対象に取り組みました。今の6年生は5年生のときにエシカル消費について探究していて、「地球の未来は自分たちの選択からつくられていく」というテーマのもとに学んできた経緯があります。その発展として、今年は「選択をデザインしていこう」というテーマに決めました。
探究は第3サイクルまで回しています。第1サイクルでは情報収集をメインに、さまざまな職業やお金について幅広く学びました。第2サイクルではグループに分かれてさらに深く調べてまとめ、第3サイクルでは「自分の未来をどうしていくか」を考えるという流れで進めています。
探究プロセスの中で、企業とはどのように関わりましたか。
平野 第1サイクルでも第2サイクルでも関わっていただきました。第1サイクルでは、地元のケーキ屋さんや銀行、ホームセンターさんなど5社以上の企業にも協力いただいたのですが、「お金」の専門家として関わってくださったのがトレイダーズホールディングス株式会社です。投資や資産運用のことなど、6年生にとって初めてのことばかりでしたが、お金が社会の中でどのように動いているのかを実感をもって学ぶことができました。
また、渋谷区の「探究フェス」に向けたプレゼンの前には、発表内容を事前に見ていただいてフィードバックをもらう機会もありました。本当に何度も関わっていただいたという実感があります。
伊平 第2サイクルでは、子どもたちから出てきた質問をトレイダーズさんに投げかけて答えていただく時間を多めに設けました。一方的に講義を聞くのではなく、子どもたちの疑問に直接応えていただく形で進めたことで、より深い理解につながったと思います。
子どもたちが、自分の未来をどうしていきたいかを考え始めた
企業との関わりによって、子どもたちの問いや視点にどのような変化がありましたか。
伊平 社会科の授業でも政治や経済を扱いますが、やはり教科書を超えた話を企業の方に伝えていただくと、子どもたちの実感がまるで違います。リアルな話だからこそ興味が高まって、教科の学習にも良い影響がたくさんありました。自分のキャリアやこれからの未来を考えるうえで、お金のことは切っても切り離せません。子どもたちがそこを強く意識するようになったことは、最初と比べて大きな変容だと感じます。金融の用語もきちんと理解できていて、中学校に行ったら先生方が驚かれるのではないでしょうか。
平野 第3サイクルで「自分の未来をどうしていきたいか」を考えたときに、面白い変化がありました。以前は仕事をするにあたって、「やりがいが9、お金は1」くらいの感覚だった子が、「やりがい7、お金3」「6対4」のように、お金の重要性にも気づき始めたのです。さらに、自分がなりたい職業の年収を調べて、そこから何パーセントを投資に回そうかと具体的に考えている子もいました。通常のキャリア教育では「なりたい夢」と「そのためにどんな資格が必要か」までしか考えられないことが多いのですが、トレイダーズさんに関わっていただいたことで、お金との関係まで踏み込んで考えられるようになったのは印象的でした。
子どもたちの印象的な体験や発言はありましたか。
平野 「100億円預けるからどこに投資するか考えてください」という体験ワークがあったのですが、子どもたちは世界情勢のデータを見ながら「ここは円安だからこうしよう」と真剣に議論していました。正直、私自身が子どもたちよりもお金のことに疎いのではないかと思ってしまうくらいで(笑)。考え方がガラッと変わった子がたくさんいたことが本当に印象的です。
伊平 中には、漫画家になりたいのだけれど、「このままだと親を説得できないかもしれない」と言って、こどもNISAのような仕組みを使って自分でお金を運用し始めれば、親を説得しながら夢を追えるのではないかというフローチャートを作っている子どももいました。具体的で、応援したくなりますし、実現してほしいなと思います。子どもが自分でそういうアンテナを張って調べているということ自体がすごいなと感じました。
平野 探究フェスで発表したときに、保護者が見に来てくださっていたのですが、「私もやろうかな」とおっしゃる保護者がいたり、「どういう投資をしたらいいですか」と子どもに質問してくる保護者がいたりして。立場が逆転しているのが面白かったですね。
学校側として、企業連携で工夫した点や調整が必要だった点はありますか。
平野 たくさんの企業さんと連携していたので日程調整はたくさんありましたが、大変だったという印象は正直あまりなくて。このテーマに取り組むこと自体を楽しんでいましたし、トレイダーズさんをはじめ企業の皆さんが本当に柔軟に対応してくださいました。「行きますよ」「この日空いてますよ」「こういう授業できますよ」とどんどん提案してくださって、本当に助かりましたとしか言いようがないくらいです。
「高めの球を投げてください」——学校の声が変えた金融経済教育のアプローチ
トレイダーズホールディングスとしての金融経済教育活動の概要を教えてください。
加藤 当社はグループ傘下に証券会社を持っていて、現役の外国為替ディーラーや証券アナリストの資格を持つ社員がいます。日々の業務で金融経済に関する知見を積み上げていますので、それを教育活動に展開しようというのがプロジェクトの出発点です。主に為替と株式の2つを柱として、お金の大切さや金融経済教育の重要性を学校に届けています。
ポイントとしては、若い世代に早い段階で資産形成の重要性を伝えること。その背景にある時代の変化や経済社会の動きを把握する力を育むこと。そして、投資というのは単にお金を増やすことではなく、社会全体を良くすることにもつながるのだという視点を伝えることを意識しています。
渋谷区の探究「シブヤ未来科」に協力することになった経緯を教えてください。
加藤 きっかけは、3年前に本社を渋谷区に移転してきたことが大きいです。地域への貢献という意識もあって、金融事業を営む特性を活かした出張授業ができますとご提案させていただきました。ちょうど探究「シブヤ未来科」が本格的にスタートするタイミングで、午後の時間に総合的な学習が入るという形でしたので、より深く考察する授業形態をとることができて、非常にタイミングが合ったと感じています。
子どもたちとの関わり方で工夫されたことはありますか。
小澤 お金や金融は抽象的なテーマですので、一方的に教える形だと子どもたちは飽きてしまいます。そこで、アイスブレイクとして国旗当てクイズならぬ「通貨の名前当てクイズ」を取り入れたり、授業の中に常にミニクイズを挟んだりして、インタラクティブなやりとりを大切にしました。
また、体験型のワークとして、過去の実際のデータをもとに「100億円をどの国に投資するか」をグループで考えるプログラムを用意しました。金利や各国の政治・経済の状況を事前に説明したうえで、子どもたちにまず自分で考えてもらい、グループで議論し、結果を発表してもらう。抽象的な金融を、手に触れられるような感覚で体験してもらえるよう工夫しました。
加藤 2年前にこの取り組みを始めたとき、先生から「高めの球を投げてください」と言われたんです。最初は子ども向けだからやさしくわかりやすいことが第一と考えていたのですが、「わからないところはあえてわからないでいい。そこから自分たちが何を感じ、どう考えていくかが大事なのだ」と。難しいことにあえて挑戦してもらい、思考・洞察や友達同士の話し合いを通じて新たな考え方を導くことの大切さを教えていただいて、探究学習というものの意義や大切さを我々自身も実感しました。
伊平 教科書でやることは学年相当のレベルですが、探究の時間だからこそ、ある程度高い目標を設定したほうが子どもたちは食いつくし、それを超えていこうという気持ちが生まれます。2年前、私が前年度の6年担任をしたときにまさにそういうお話をしましたね。
子どもたちの声が、企業を変えた
子どもたちの反応で印象に残っていることはありますか。
加藤 たくさんあります。当初想像した以上にいろいろ金融に関わる情報を知っているなと感じています。世界情勢のことやビットコインの相場の話が出てきたりもしました。家に帰って親と投資の話をしたという子もいて、学校の授業だけで終わらない広がりを感じました。
それと、実は企業側の気づきも大きくて。教える側として臨んでいるのですが、やりとりを通じて講師や参加した社員が自分のキャリアや仕事の意義を改めて考えるきっかけになっているんです。子どもたち向けの資料を作ることで、普段の仕事とはまったく違う視点で自分の業務を振り返ることになります。結果として社員のモチベーションアップやスキルアップにもつながっています。経営層からも「もっと広げていくべきだ」と後押しもしていただき、単に社会貢献やCSRにとどまらない、本質的なサステナビリティ活動の一環として認識され、企業としても本当に良い循環が生まれています。
小澤 授業後に児童の皆さんにアンケートを取らせていただいたのですが、その中で印象的だった回答があります。「100億円をどの業界に投資するかという体験ワークが楽しかった」「友達と話し合うときに新たな視点がたくさん生まれた」という声です。「考えることが楽しい」と言ってくれたことは、今後の学びにとっても非常にポジティブな効果になるのではないかと感じています。
もう一つ、ある児童が「以前メキシコとコスタリカに行ったとき、日本円をペソに変えたが、なぜ価値が違うのか不思議に思っていた」と書いてくれていました。小学6年生が通貨の価値の違いを「不思議だ」と感じ、それを自分の言葉で表現できています。もうすでに本質的なところを理解しているのだと感じて、こちらが驚かされました。
「学校ファースト」が生んだ信頼関係
この連携がうまくいった要因はどこにあると思いますか。
平野 企業さんによっては「これを教えたい」「これをやらせてほしい」という思いが強いケースもあります。そうすると学校側のやりたいことと少しずれてしまうこともあるのですが、トレイダーズさんは最初から学校の方針に寄り添ってくださいました。「こういうことに取り組もうと思っている」「こんなイメージでプロジェクトを進めたい」とお伝えすると、「じゃあこれはどうですか」と提案してくださいました。そこが一番大きかったと思います。
伊平 企業の出前授業では最後に宣伝が入ったり、一方的に話をされたりすることもあるのですが、そういったことが一切なく、本当に学校と子どものことを第一に考えてくださいました。授業の振り返りも一緒にしてくださるので、一方通行ではなく、まさに「伴走」という言葉がぴったりです。
企業の方々もお忙しい中、グループワークの際には1グループに1人の社員の方が入ってくださるなど、多いときは10名ほどの社員の方がいらしてくださいました。貴重な業務時間を割いて子どもたちのために来ていただけたことは、本当にありがたかったです。
平野 さらに、事前に授業で使うプレゼン資料を全部見せていただいて、打ち合わせもしてくださいました。プレゼン資料はこの授業のためにオリジナルで一から作ってくださったもので、話すだけでなく視覚的にも楽しい教材を準備してくださいました。きめ細かな対応に本当に助けられました。
小澤 今年は事前に子どもたちの金融に関する基礎知識をアンケートで調査させていただきました。高めのボールを投げるといっても、高すぎたら誰もついてこられませんので。それから、先生方から「今の6年生は5年生のときにエシカル消費を学んでいる」と教えていただいたことで、授業にエシカル投資の内容を盛り込むことができました。子どもたちの学びの履歴を踏まえてプログラムをカスタマイズできたのは、先生方とのコミュニケーションがあったからこそです。
やりとりの方法にも工夫があったそうですね。
小澤 渋谷区が用意してくださった探究「シブヤ未来科」ポータルサイト( https://tankyu-shibuya.com/ ) のチャットルームを通じてやりとりしていました。安全な環境で気兼ねなくコミュニケーションが取れるので非常に助かりました。学校の先生は授業中は当然連絡が取れませんし、通常のビジネス感覚とは違う配慮が必要です。チャットルームのおかげで、お互いの都合に合わせた柔軟なやりとりができました。
2年間の積み重ねが生んだ「長谷戸オリジナル」の金融経済教育
2年間の連携を通じて、取り組みはどのように進化しましたか。
平野 1年目は、「お金」をテーマに選んだ子どもたちだけで、学年の半数くらいがトレイダーズさんにお世話になっていたのですが、2年目の今回は「お金もキャリアも全員が学ぶ」という設計にしたので、約50名全員が関わりました。
伊平 1年目と2年目では、テーマが全く違うので関わり方も異なりました。2年目は人数が多かった分、グループワークの盛り上がりが大きかったですし、授業を短期集中で7月・9月にまとめていただいたことで、学びの深まりも感じられました。
小澤 昨年よりも今年の方が子どもたちとの距離感が近く、より活発な質問や反応が生まれたと感じています。現場に合わせて臨機応変に対応すること、子どもたちのリアルな疑問に応えていくことを常に意識していました。
渋谷区ならではの特徴を感じることはありましたか。
加藤 まず探究「シブヤ未来科」ポータルサイトのチャットルームによるやりとりの仕組みは、他の自治体にはないと思います。先生方が自ら工夫してコミュニケーションを取ってくださるのも、この取り組みの質を高めている大きな要因です。あとは、ICTの充実ですね。子どもたちが一人一台タブレットを持っていたので、アンケートや資料共有がスムーズにできました。アイデアがあってもICT環境がボトルネックになって断念するケースもあると思いますが、渋谷区ではそれがない。地味ですが非常に大事なポイントだと感じます。
全国のモデルとなる連携を目指して
最後に、教育委員会として今後の展望をお聞かせください。
藤下 今回のお話を聞いて改めて感じたのは、コミュニケーションの重要性です。企業連携には課題もあります。企業に丸投げしてしまって先生方が内容を把握していないケースもある中で、今回の長谷戸小学校とトレイダーズホールディングスの連携は、先生方の「子どもたちにこうなってほしい」という思いが明確にあり、それを企業が丁寧に汲み取ってくれました。その相互のコミュニケーションが、この好事例を生んだのだと思います。
簡単なことのように見えて、非常に大事なこと。この連携のあり方をぜひ全国に発信していきたいですし、学校と企業連携のモデルケースとして参考にしていただけるものだと考えています。
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