「見方・考え方カード」が変えた、子どもたちの”問いの深さ”。常磐松小学校の実践
渋谷区立常磐松小学校では、探究「シブヤ未来科」の実践を通じて、子どもたちが自分なりの問いを立て、学びを深めていくための独自のアプローチに取り組んでいます。その取り組みの一つとして注目されるのが、教科の「見方・考え方」をカード教材として具体化した「見方・考え方カード」。学習指導要領に示された各教科の見方・考え方を、小学生にも扱える”使える視点”として取り出し、探究の問い深める足場として活用しています。
今回は、6年生の担任を務めながら、このカード教材を開発された野村貴一先生に、カード作成の背景にある課題意識、子どもたちの問いの変容、そして探究の質を高めるために大切にしていることについて話を聞きました。
まずは先生のご担当と、学校での探究の位置づけについて教えてください。
現在、常磐松小学校で6年生の担任を務めています。主任教諭として校内の教育活動全般にも関わっており、渋谷区での勤務は4年目になります。昨年度は4年生の担任として探究「シブヤ未来科」に取り組み、今年度は6年生担任として、その積み重ねを生かした実践を進めています。また、区の探究「シブヤ未来科」ゼミにも参加し、理論と実践の両面から探究を学び続けています。
学校全体としては、探究「シブヤ未来科」を校内研究の柱に位置づけています。年に1回、全校が参加するMy探究発表会を実施しており、学年を越えて互いの探究に触れる機会を設定しています。「探究は特定の学年だけのものではない」という共通理解を、学校全体で育てています。
今年度の探究では、どのようなことを重視されていますか?
今年度の大きなテーマは「問いの質を高めること」です。6年生はこれまで探究「シブヤ未来科」での経験が豊富で、探究心も高い学年です。一方で、「自分なりの問いをどう立てるか」「問いをどう深めていくか」という点には、個人差も見られます。そこで、問いの入り口となる思考の視点を、より明確に子どもたちに示すことを重視しています。
「見方・考え方カード」を作ろうと思われたきっかけを教えてください。
きっかけは校内研究でした。総合的な学習の時間の学習指導要領を改めて読み込み、さらに中央教育審議会の議論や、次期学習指導要領改定に向けた資料を参照する中で、強く意識したことがあります。それは、「探究の質を左右するのは、問い以前の”見方・考え方”ではないか」という点でした。
実際に子どもたちを見ていると、「問いが思いつかない」「何を調べたらよいか分からない」という姿の背景には、そもそもどこに目を向ければよいか分からない状態があると感じました。
一つ大きな転機になったのは、以前6年生を担任した際の探究発表会でした。Canvaの導入によって見栄えの良いスライドを作れるようになった一方で、アンケートに「見栄えはいいけど、内容の質が伴っているか分からない」と書かれたことがあったんです。すごく悔しかった。でも同時に、「質って具体的に何だろう」という問いが自分の中に生まれました。
たくさん調べていくうちに、探究学習における質の高まりとは、教科の見方・考え方を上手に活用できていることではないかという仮説にたどり着きました。教育委員会の方との対話や、中教審の議論を読み込む中で確信が深まっていった結論です。
カードという形にしたのはなぜですか?
見方・考え方をどう子どもに落とし込むかというのが課題で——私、カードゲームが好きなんです(笑)。それで、カードとして題目をつけて、その内容が下に書いてあれば子どもは親しみやすいんじゃないかなと思いついたのが最初です。
作成には生成AIを活用しました。「こんなものを作りたい」とアイデアを出して、最初AIは全教科を1枚のカードにまとめて落とし込んできたのですが、一緒に研究をしていた先生から「教科ごとに1枚ずつ作ったほうが分かりやすいだろう」とアドバイスをもらいました。そこからさらにAIと対話しながら題目を考えたり、内容を詰めたりしていきました。AIには学習指導要領を全て読み込ませていたので、内容的には指導要領に準拠したものになっています。
イラストやデザインは画像生成AIとCanvaを活用して、視点そのものが主役になるよう、過度に装飾的にならないこと、子どもが直感的に手に取れることを意識して作りました。

カードにはどのような種類があるのですか?
現在14枚のカードがあり、全教科の見方・考え方を網羅しています。いわゆる5W1Hをそのまま示したものではありません。各教科の学習指導要領に示されている「見方・考え方」を、小学生にも扱える形に具体化することを目的としています。
たとえば社会科で有名な「時間的・空間的な見方」は、「タイムトラベル」というカード名で、過去と現在を比べるという視点に落とし込んでいます。「過去の渋谷と現在の渋谷の写真を比べる」といった活動につなげやすく、子どもにとって非常に使いやすいカードです。理科であれば「条件制御」のカード、算数では数量を比較するカードなど、それぞれの教科の本質的な思考の視点を一枚一枚に込めています。
中教審の議論でも、現行の学習指導要領における見方・考え方は「分かりにくい」という課題が指摘されており、構造化・明確化の方向で改定が進められています。このカードは、まさに「抽象的な概念の具体化」を目指して作りました。
カードを実際にどのように使っているのですか?
特定の時間だけで使うのではなく、普段の教科の授業や探究の場面で繰り返し触れることが重要だと考えています。配布資料の中にカードの画像を織り交ぜるなど、子どもが自然に意識できる環境づくりを心がけています。
4年生を担任していた昨年度は、4月・5月・6月から見方・考え方についての授業を重点的に行っていました。「時間を比べよう」「過去と未来を比べよう」「外国と比べよう」という問いかけを繰り返し子どもたちに投げかけていたんです。すると自然と別の場面でも、「これ、昔と比べたら?」「外国と比べたら?」という声が上がるようになりました。
たとえば、コップ一杯の水を見せて、「この水から、どんな問いが持てる?」と聞いたことがありました。すると子どもたちは——音楽に接続して「水の量で音が変わる」と考える子、歴史から「水は貴重な資源だった過去があるのに、日本ではどうして蛇口をひねれば出るの?」と問う子。いろんな発想が広がっていきました。
このとき大事なのは、「教科書の内容を思い出して」と言うだけではなく、カードを見せながら「こういう見方を習ったよね」と結びつけること。「あの授業で学んだように、外国と日本を比べてみようかな」「昔と今を比べてみようかな」と、子ども自身が問いの方向性を見つけていけるようにすること。カードは、そのための引き出すツールです。
カードがあることで、子どもたち同士のやりとりにも変化がありましたか?
My探究で一人ひとり違うテーマに取り組んでいるとき、カードの存在がとても効いてきます。動物を調べている子、睡眠を調べている子、宇宙飛行士を調べている子——みんなバラバラなテーマだからこそ、14枚のカードがあれば、その子にフィットする視点がパッと選べる。
実際に、子どもたち同士がカードを手がかりにアドバイスし合う姿が見られました。「あなたは生物的なことをやっているから、理科のこのカードが使えるんじゃない?」と声をかけ合っている。これがないと先生が一人ひとり回って声をかけなければならないので、すごく大変です。カードによって、子どもたち自身がお互いの問いを広げていく回路ができたと感じています。
カードで立てた問いは、その後の探究プロセスにどうつながりましたか?
問いの質が変わると、調べ方、整理・分析の仕方、まとめ方、表現の仕方まで、探究のすべての質が深まると感じています。問いは探究の出発点であると同時に、探究全体を方向づける要素です。
情報収集の段階では、インタビューや実際に現地に行くなど、学校で作成しているMy探究ハンドブックに沿って行動するよう指導しています。インターネットコミュニティの文章の表面をなぞるのではなく、「自分はなぜこう思ったのか」という疑問から広げていくことで、コピー&ペーストの情報ではなく、自分の言葉で語れる探究になっていきます。
この取り組みは学校全体にも広がっているのですか?
常磐松小学校は校内研究を探究「シブヤ未来科」で継続的に行っています。昨年度は私が自分のグループのテーマとして見方・考え方を研究していました。それを昨年3月の話し合いで「これからの時代は”問い”だ」と提案したところ、みんなが賛同してくれました。今年度は「質の高い問いを持つこと」を学校全体の研究テーマに据えています。
私が研究主任ではなく、別の先生が研究リーダーを務めているのですが、意見を聞いてくれて、全体に共有してくれた。個人でやっていたことが、学校全体の取り組みになったんです。
探究に対する先生ご自身の考えは、どのように変わりましたか?
4年前、まだ「シブヤ科」と呼ばれていた頃は、正直なところ、探究に対してやる意味を強く感じられていませんでした。「この授業時間を国語や算数に充てたら学力はどうなるのか」「これが失敗だったら誰が責任を取るのか」——そこまで思っていたくらいです。
でも、経済産業省の「未来人材ビジョン」や、探究「シブヤ未来科」としての進化、次期学習指導要領の議論を追っていく中で、考えが大きく変わりました。特に、文部科学省の次期学習指導要領の議論に「マイ探究」「テーマ探究」という言葉が登場したときには驚きました。渋谷が先行してやってきたことが、国の方向性と重なっていた。
これまでの実践は無駄ではなく、むしろこれからの教育に必要な取り組みだったのだと、今は確信をもっています。
最後に、他の先生方へのメッセージをお願いします。
伝えたいのは、「”問いの質”と”見方・考え方”が鍵だ」ということです。探究に疑問を感じている先生には、一度、総合的な学習の時間に関する文部科学省の資料や、中教審の議論をじっくり読んでほしいと思っています。背景を知ることで、探究の見え方は大きく変わるはずです。
今後は、普段から見方・考え方を意識していない先生にとっても、指導観をアップデートするきっかけになるような形で、この取り組みを広げていきたいと考えています。